迷宮に潜り続けた日々〜「テレンガード」というゲーム

telengard Game
拾い物のパッケージ画像。これは海外版だが、国内版ものこのままだった

迷宮に潜り続けた日々〜「テレンガード」というゲーム

1983年のことである。

父親の買ったFM-7(富士通の発売した8ビットパソコン)を、パソコンに興味を失ったら父親から貰い受けて自分の机に持ってきた時、金もなく田舎に住んでいた自分が遊べるゲームといったら雑誌掲載のプログラム(昔のパソコン雑誌は、プログラムコードを雑誌の1コンテンツとしていた。多くはゲームだった)だった。

だがプログラムは動かないこともあったし、実際のところやりたいことはプログラミングではなくゲームだった。雑誌のゲーム紹介コーナーを見ればいろんなゲームが世には販売されていたことは知っていたが、1983年ごろ、まだまだパソコンなんて好きものの趣味にすぎず、ゲーム売り場なんてデパートのパソコンコーナーの隅にちょっとあるだけ(5本もあればいい方だ)か、電気屋のせがれが趣味でやっている範疇のパソコンショップがいいところだった。

小学生の自分がお小遣いを貯めたなけなしの金を持ってパソコンコーナーにあるゲームの中から選んだゲームがFM-7版「テレンガード」だった。

telengard

拾い物のパッケージ画像。これは海外版だが、国内版ものこのままだった

「テレンガード」はアメリカで発売されたパソコンゲームで、国内では木屋通商(今となっては実態はわからない。名前からして商社だろうか)が販売した、翻訳物のRPGである。

少し話はそれるが、RPGの起源を遡ればたどり着くのはかの有名な「ダンジョン&ドラゴンズ(D&D)」である。コンピューターRPGもこの例に漏れず、コンピューター黎明期にアメリカのコンピューターネットワークで作られた初期のコンピューターゲームの多くはD&Dを手本に、いや、有り体に言えばパクっていたという。(この辺りの歴史は「ロールプレイングサイドvol.1」の記事“コンピューターRPGの起源”が詳しい)

そしてこの「テレンガード」というダンジョンRPGはその子孫であり、おそらく世界初のパソコン用RPGである(らしい)。開発者はDaniel Lawrenceという人物で、これを当時、アメリカの大手ゲーム会社であったAvalonHillがパブリッシャーとなって販売した。(情報元

もちろん当時はそんなことは知らなかったし、そもそもこのゲームがRPGかどうかなどあまり気にしていなかった。RPGという単語自体はパソコン雑誌の海外ゲーム紹介ページ(おそらく海外ゲームを多く紹介していた「ログイン」か「遊撃手」だったと思う)で知っていたが、実物を遊んだこともない。まだRPGというジャンルが子供達の人気ジャンルになるには数年の時を要する時代だった。

自分が興味を持ったのは、思うに2つの要素だ。

1つは明らかに洋物ファンタジーであるパッケージの絵柄。おそらく自分が「テレンガード」を購入したのは1984年だったのだが、その前年、海外の翻訳物のファンタジー小説を読み、海外ファンタジーものにハマりにハマっていた(早川FTの「魔術師の帝国」が大好きだった)。そのためこのパッケージは興味を惹かれた。

もう一つは、パッケージに書かれた「懸賞」という言葉だ。このゲームはクリア(ゲーム自体にクリア条件があるかはわからなかったが最深部である地下50階の地図を作って応募することが条件だった)したら懸賞が出ると書かれていた。小遣いも少なく、他のゲームを買うために金が欲しかった子供にとって、ゲームをして、懸賞までもらえる(かもしれない)という魅力はとても大きかった。結局、懸賞を手に入れるまでゲームは遊ばなかったし、実際そんな懸賞がちゃんともらえたのか(もらった人はいるのか)は今となっては甚だ疑問だが、それでもとても魅力的に見えたのだった。

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テレンガードはどんなゲームか

まずこのゲームの媒体は、その当時のパソコンソフトの多くの販売形態と同様の「カセットテープ」だった。当時のカセットテープのゲームは、まずプレイする前にソフトをインストールしなくてはならない。それも電源を入れなおすためにだ(メモリは揮発性で、まだハードディスクなど個人では手の届かない時代だ。当たり前だがSSDなどは影も形も無い)。

カセットテープからソフトのインストールは、ソフトにもよるが10〜60分はかかる。「テレンガード」の場合は、記憶によればだいたい30、40分程度だったと思う。

面白いのはテープのロード中、画像がだんだんと表示されていくことだ。他のテープのゲームでは自分が知る限り見たことのない演出だった。ロードが始まってから終わるまで、だんだんと画像が表示されていき、今でいえば、サイトのデータロード時のプログレスバーのような役割を担っていたのだが、その画像が怪物の首(おそらくダンジョンの入り口に飾られているガーゴイルの首か何かだ)を表示していっていたのだが、ゲームの雰囲気とすごくマッチしていてロードが終わるまで退屈もせずにずっと魅入っていたのを覚えている。その画像についてはこちらのサイトに載っているので興味があれば見ていただきたい。

テレンガードはダンジョン探索ゲームだ。イメージとしてはウィザードリィと同じである。ダンジョンは地下60階が最深部で、プレイヤーが操作する探索者は1階から探索していく。ダンジョンの外の世界は、ダンジョンと直結した宿屋しかゲーム上でてこない。ゲームの目的もマニュアルには数行しか書いていない。少しマニュアルから抜粋してみよう。

勇敢なる冒険者諸君!テレンガードへようこそ!
今までにも何人もの冒険者たちがこの危険な迷宮に降りていったまま消息を絶っています。なかには、恐ろしい迷宮から帰還して恐怖と絶望のーそして膨大な財宝と魔法の物語を語ってくれるものもいました、あなたはこのうちの愚かなる者の一人となって死んでしまうのでしょうか、それとも幸運に恵まれて恐ろしい怪物を退治し、巨万の富と力を手にして帰ってくるのでしょうか。それは時と運命次第です……。

これだけです。具体的な目標や最終目的はなく、ただ探索して巨万の富を得る、それだけです。
そして最後の「時と運命しだい」という言葉が、恐ろしいことにダンジョン探索にありがちな比喩などではなく、実際、運次第だった。

ゲームシステムについて

プレイヤーが操るのは一人の冒険者だ。冒険者には以下の6つの能力値があり、3〜18の値を持っている。

  • STR
  • DEX
  • INT
  • WIS
  • CON
  • CHR

それ以外に、HPとEXP(経験値)とSUがある。

HPとEXPの説明は必要ないだろう。これらの能力値が何を表すものかは説明は必要はないだろう。わかる人にはわかると思うが、これはクラシックD&Dの能力値そのままである。プレイヤはLV1から始まり、一定の経験値を得て、宿屋で休むとレベルアップする。

SUはスペル・ユニットの略で、要は魔力だ。このゲームには魔法もあり、魔法にもレベルがある。レベル1の魔法を使うなら1SU消費する。レベル2なら2SU消費だ。SUはHPと同じように最大値があり、最大値までは回復する。

魔法の詳細は、あとで載せるマニュアルを見て欲しい。おおよそD&Dを参考にしていることがはっきりわかる。スリープ、マジックミサイルなどなど。

ダンジョンは3Dではなく、上から俯瞰的に見たマップが自分を中心に表示される。プレイヤーは8方向に移動して、ダンジョンを探索していく。

telengard game map

telengardのゲーム画面。これも海外の拾い物だが日本版もほぼ同じだ。引用元:http://thecolton.com/index.php?title=Telengard

あとは装備もあるが、そのあたりは割愛する。現代のRPGからすれば、それほど独自性はない当たり前のゲームと言える。だが、当然、当時は目新しかったのだ。

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広大なマップ

このゲームの特徴は、ともかく広大なマップだ。地下60階まであるダンジョンだが、筆者は1階のマップさえ作りきることができなかった。以下は海外のゲーマーが書いたらしいマップ(未完成)だが、1つの階でもマッピングをくじけるほど広い。これが60階もある。考えただけで気が遠くなる。

テレンガードmap

ダンジョンの中ではランダムでモンスターと遭遇するほか、特定の場所に、落とし穴、罠、宝箱(スイッチがあり、正解のスイッチを押せば宝が手に入るが、正解でなければ大ダメージを受ける)、回復の泉、などなどがある。

正直に言おう。このダンジョンは基本的にデストラップだらけだ。レベルをそれなりにあげたとしても結構簡単に死ぬ。さらに絶望的なのが60階の敵や罠の強さ。このゲーム、どういった意図かわらかないが、1階の入り口のすぐそばに60階に直行できるエレベーターがある。懸賞目当てのプレイヤーへの救済処置かもしれないが、60階に直行すると絶望することになる。というか、結構レベルをあげた状態でも60階は即死ダンジョンだ。罠一つでゲームオーバーになる。懸賞など平気でかけられるのも頷ける。

それでも筆者は結構真面目にこのゲームを遊んだ。地道に1階の地図を作って罠の場所を記録したり、箱のスイッチのパターンを洗い出そうとして、押したボタンの記録をずっと取っていたり…。だが、地道にレベルアップしたきゃらくたーでさえ60階では全く通用しない、という事態が続いたあと、もうチートでもしないとクリアできない、と思い、プログラムを見てみることにした。

ゲームのプログラムを見るというと今のユーザーには大げさに聞こえるかもしれないが、当時のゲームは割とBASICという暗号化もされてないプログラムで書かれており、プログラムの停止もキーボードのBREAKキーを押せばすぐにできたのだ。そしてLISTとコマンドを入力すればプログラムは見放題だった。さらにHPやSUの変数に好きな数値を設定してプログラムを続行させることもできた。要はチート行為なのだが、当時、小学生だった自分にはそんな概念はない。これも遊びの一行為だった(ゲームのプログラムコードが雑誌に掲載されていた時代である)。が、このゲームの凶悪さは小学生などの考えることを上回っていた。というかそれも織り込み済みだった。HPとSUに最大値を設定しても60階の敵や罠相手では信じられないことに即死になることが多かったのだ。果たしてこのゲームを真面目にプレイし60階に到達できた人はいたのだろうか…。真面目に疑問である。

さらに驚かせた(というか、心を折られた)のは、くだんの宝箱のスイッチの仕様である。この宝箱が、このゲームにおいては財宝を得る重要な手段だったのだが、宝箱にはスイッチが付いていて選び間違えると大ダメージを受ける。筆者はこのパターンを洗い出そうと記録をつけてみたりしていたが、どうにもパターンがわからない。仕方ないので最終手段として、プログラムコードで宝箱のスイッチの部分を見てみたら…そこで使われていたのはRAND関数。つまり、スイッチの当たり外れはランダムだったのである。まさに「時と運命次第」という言葉通りであった。

今考えると、とんでもないクソゲーのようにも見えるだろう。ただ、当時はまだまだコンピューターゲームの黎明期。プレイヤーを楽しませる手法も、プレイングアビリティ(プレイしやすさ)も、まだまだ未熟な時代だった。そしてこんな仕様でもゲームに飢えていたゲーマーたちは貪るようにゲームを遊んでいたのである。

後世に受け継がれていくテレンガード

CRPGの黎明期の代表的なゲームであるだけにテレンガードについての資料は海外でもよく見られる。

また、驚くべきことに今でも遊ぶことができるのだ。

Telengard Remake

数十年前のゲームだが、当時のゲーム小僧たち(筆者も含む)を熱中させ、思い出に残るゲームだった(様々な意味で)ことがよくわかる。

テレンガードのマニュアル(画像)

以下は手元に残っていた「テレンガード」のマニュアルだ。今更どこかに怒られることもないだろう(怒られたら消すが)から、そのまま載せてしまう。何かの資料になればいいのだが。ちなみに白で隠している箇所には、当時の自分の住所が書いてある。何にでも名前と住所を書く子供だったのだ。個人情報保護など考えていない、いかにも80年代といったところである。また、英語版のマニュアルはこちらのサイトで公開されている。
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懸賞について書いてあるが実際払われたのだろうか?

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よく見ると割とちゃんと翻訳されているが、子供には難しかった

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魔法の名前とかがD&Dのパクリ(マジックミサイルとか)なのはご愛嬌

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そういえばこのゲームは時間制限のある、いわゆるリアルタイムRPGであった

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当時の最弱モンスターはどのゲームでもコボルドだったように思うが、いつの間にかスライムになったりゴブリンになったりしていた

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複数プレイヤーによる遊び方とか書いてあるが、実際試したことはない。ただアナログゲームの系譜も受け継いでいることを感じさせる

テレンガードが自分に与えた影響

アメリカの大学生たちが、大学の研究室にあったコンピューターでこのCRPGという遊びを“発見”し遊びふけっていたのと同じように、僕らは日本の自分の部屋でCRPGという遊びにハマっていた。思うに彼らと僕らの間にはそれほどの差はなかっただろう。

イリノイ大学 PLATOルーム

当時のイリノイ大学 PLATOルームの様子。引用元:https://ece.illinois.edu/newsroom/article/9931

大学が、大学の機材で遊ぶ彼らをおおっぴらに認めていただろうか?そんなことはあるまい。黙認はしていたかもしれないが、彼らは隠れて見つからないように、それこそ暗い迷宮でモンスターたちに見つからないように探索するがごとく、研究室で遊んでいたのではないだろうか。そして僕らは、勉強しろとうるさい親の目を逃れて、夜、暗い自室で、同じように暗い迷宮(その暗さは、実のところ表現力に乏しいパソコンゲームの背景の黒さだったが)を歩いていた。

そこで僕らは、親や大学のように力を持つものたちから押し付けられたものではない、自分の想像のままに自由に遊ぶことを覚えたのだ。隠れてビクビクしながらも困難を乗り越えてダンジョンや知識の迷宮を探索していく…進歩の著しいコンピューターの可能性を探求し、探索する、プログラミングという“遊び”もダンジョンと同じように僕らを魅了した。

遠く海を隔てたアメリカと日本には、今のようなネットワークの繋がりはなかったが、RPGとコンピューターという新しい可能性が僕らを確かに繋いだのだ。

今になってそう思う。

参考

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